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行動綱領の実施状況を検討評価する
第23回国連総会特別総会「女性2000年会議:21世紀に向けた男女平等、開発および平和」開催までの出来事と、さらなる行動
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「北京行動綱領」とは? 4年前、各国政府は世界中の全女性のために平等・平和・開発の達成を促進することを表明するべく、「北京行動綱領(BPFA)」を採択した。「北京行動綱領」は1995年に中国・北京で開催された「第4回世界女性会議」の成果である。 「北京行動綱領」は各国政府に、12の重大問題領域を活動の優先事項として取組むよう義務付けた。エンパワーメントという使命に従い、各国政府の同行動綱領への署名者は12の重大問題領域に関わる障害や制限の克服に取り組むことになっている。
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Part 1: イントロダクションと経過
「北京行動綱領(BPFA)」が採択されて5年後、各国政府は同行動綱領がどのように実施されているかを評価するため、国連総会の特別総会に参加した。この会議は正式には「女性2000年会議:21世紀に向けた男女平等、開発および平和」と呼ばれ、「北京プラス5レビュー」という名称でも知られている。
同特別総会は国連総会により招集され、米ニューヨークの国連本部で2000年の6月5日から9日の間、開催された。会議事項として、1985年に採択された「女性の地位向上のためのナイロビ将来戦略(NFLS)」の実施状況の検討評価作業も含まれていた。
同特別総会召集の主な目的は、世界の女性のため平等・平和・開発の達成を宣言した二大文書である「北京行動綱領」および「女性の地位向上のためのナイロビ将来戦略」の完全実施を促すことであった。国連総会で確認されたとおり、今回初めての5年目実施状況評価を受ける「北京行動綱領」は、交渉不可で、かつ変更もされるlことはない。
「女性の地位向上のためのナイロビ将来戦略」は、1985年にケニヤのナイロビで開催された「第3回世界女性会議」で採択された。5年後の1990年、国連女性の地位委員会(CSW)は同将来戦略の実施状況評価を行い、その進度の遅さを指摘した。そして国連経済社会理事会(ECOSOC)と共に、1995年に同将来戦略の実施状況について再度評価を行うよう勧告した。かくして1995年、中国・北京で「第4回世界女性会議」が召集された。 (出典:BFA primer, Isis International Manila, 1999年)
指導的文書として、「北京行動綱領」は各国政府に対し、法の改革と政策変更を達成するための政治的実行、能力開発プログラムの支援・実施、監視と実施義務のための機関の設置、セクター間の協力関係の確立、差別に苦しむ女性を支援するプログラムの創設を求めた。
各国政府が世界・地域・国内組織から監視されるのは上記の点についてである。また評価プロ
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国連女性の地位委員会 国連婦人の地位委員会(CSW)は1946年6月21日の委員会決議11(II)により、国連経済社会理事会の機能委員会として設立された。その目的は、経済社会理事会に対し 政治、経済、市民、社会、教育の分野における女性の権利促進について勧告、報告を行うことである。CSWはまた、女性の権利の分野で直ちに注目されなければならない差し迫った問題について、経済社会理事会に勧告を行う。CSWの目標は、男女平等の原則の実施を促すことである。CSWの権限は1987年、経済社会理事会の決議1987/22により拡大された。第4回世界女性会議を受け、総会は同会議のフォローアップをCSWの作業プログラムに織り込むよう、CSWに委任した。第4回世界女性会議において、CSWは触媒の役割を持ち、「北京行動綱領」の12の重大問題領域について定期的に評価を行わなければならない。 CSWは15名のメンバーで始まり、現在では経済社会理事会で4年に1回選出される45名によって構成されている。メンバーは各国政府に任命される。またアフリカから13名、アジアから11名、東欧から4名、ラテンアメリカおよびカリブ海地域から9名、西欧その他から8名が選出されることになっている。CSWは通常年に1度、8日間の会合を開く。 CSW事務局は以下のメンバーによって構成される: Mrs. Dubravka Šimonovic (クロアチア), CSW委員長 国連女性の地位向上部ホームページより http://www.un.org/womenwatch/daw/csw/index.html#functions |
セスには最良の実践例、障害や制約、将来ビジョン、新たなトレンドに関する査定作業が含まれる。評価基準は国連女性の地位向上部、および同女性の地位委員会によって設定される。
国連女性の地位向上部は評価作業の事務局という立場から、参加国に対し、12の重大問題領域で1995年以降どのような進歩が見られたかについて、国内行動計画という形での文書の提出を求めた。またその他の文書として、カントリー・レポートや、12の重大問題領域に関する活動に焦点を当てた質問項目への回答の提出が求められた。これらの報告資料は整理、評価ののち「女性2000年会議」で発表された。
本文書は「北京プラス5」における評価作業について、時系列にまとめたものである。また、特にアジア太平洋地域の団体のため、1995年以降の活動継続の一助となるよう意図されている。
準備会議:成果文書の起草
評価作業は国連総会が管理するため、国連女性の地位委員会が準備委員会として任命された。同委員会は当時、以下のメンバーで構成されていた:Bhattacharjee (インド),
Patricia Flor (ドイツ), Misako Kaji (日本),
Christine Kapalata (タンザニア連合共和国), Sonia R. Leonce-Carryl (セントルシア), Monica Martinez (エクアドル), Kristen Mlacak (カナダ),
Rasa Ostrauskaite (リトアニア) and Dubravka Simonovic (クロアチア)。
女性の地位委員会による公式・非公式の準備会議は1998年から始まった。2回目の準備委員会は1999年3月2日から9日まで開催された第43回女性の地位委員会で行われ、特別総会の準備について話し合われた。また当時、女性の地位委員会は「北京行動綱領」のセクションC(女性と健康)およびH(女性の地位向上のための制度的機構)について監視を継続していた。その他のセクションについては、前年までに評価作業が完了していた。
1999年12月、いくつかの非公式会議が参加国と準備委員会の間で開かれ、成果文書の構成について話し合われた。そして、イントロダクション、成果、障害、障害を克服するための行動とイニシアティブという4つのパートで構成されることが決まった。また成果文書には参加国による政治宣言が付随することも決まった。.
準備委員会が個々のカントリーレポートを読み進むにつれ、参加国で「北京行動綱領」の実施が進んでいないことが明らかになった。ジェンダーの平等やヘルスケア、意志決定といった分野では目覚しい進歩があった一方で、暴力と貧困という2つの要因が今もって「北京行動綱領」の完全実施を阻んでいた。とはいえ、新たに出現した障害の存在はこの時点で明らかになった。
準備委員会は成果文書の起草作業を、2つのグループに分けて行った。Kirsten Mlacakが率いるワーキンググループIがセクション1から3を担当し、Asith K. Bhattacharjee 率いるワーキンググループIIはセクション4に集中した。
政治宣言の文章は2000年の3月末に完成した。一方、6月5日に特別総会が始まる頃になっても成果文書の多くのパラグラフはカッコつきの文章のままで、これらが未だ議論の最中で、交渉中の段階にあることを示していた。
また準備委員会は、NGOの特別総会への参加を確約することを決定した。NGOは、国連経済社会理事会での協議資格の有無や1995年の「第4回世界女性会議」参加時の認証の有無に関係なく、参加を認められることとなった。
政府間レベルでは地域会議が開催された。ここでは、それぞれが「北京行動綱領」実施にあたっての行動要件や障害、新たな問題について確認した。各会合はそれぞれの地域を団結させた。また、そこでなされた決議は、女性の地位委員会にも提出された。
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1999年10月26〜29日 「アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)」がタイのバンコクで開催され、「北京行動綱領」のさらなる実施にむけた49の戦略と勧告を確認した。
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1999年11月22〜26日 「国連アフリカ経済委員会(ECA)」はエチオピアのアジスアベバで、同参加国が「北京行動綱領」および「ダカール行動綱領」の実施に向けての取り組みを再確認する「宣言」を行った。
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1999年12月12〜15日 レバノンのベイルートで、「西アジア経済社会委員会(ESCWA)」は新たな千年紀に向けた域内での男女平等を模索する論文を発行した。
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2000年1月19〜21日 「欧州経済委員会(ECE)」がスイスのジュネーブで開催され、行動綱領[MT1]の完全実施のためのさらなる行動を提案した。
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2000年2月8〜10日 「中南米カリブ経済委員会(ECLAC)」がペルーで開催され、「リマ合意」を採択した。これは1999年10月の「ポートオブスペイン宣言」を踏まえ、「北京行動綱領」の実施に向けた取り組みを再確認するものである。「リマ合意」は25の行動について概説し、3つの決議を採択している
アジア太平洋のNGO
各地域会議において、NGOは自国の政府代表と交流をもつ機会に恵まれた。そして政府が自分たちの働きを再確認し、いかなる行動計画をも後退させないことを約するよう、広く活動を展開した。NGOはまた、カントリー・レポートの起草に際し政府の相談にのったり、自分たちが作成したオルタナティブ・レポートを公式のカントリー・レポートに加えて、女性の地位向上部に提出したりした。
アジア太平洋における評価作業は、同作業のプロセスに関する情報を国家レベルから地域レベルへと伝達するためのネットワークを作り上げた。また会議やワークショップが開催され、作業プロセスの各局面に関する冊子が発行された。各地に散在している女性たちを組織することの困難は、遍在的な手段を用いることにより克服された。1999年以前は、ほとんど全員がファックスと電話で連絡を取り合っていたが、その後は主に電子メールで連絡しあっている。電子メールのメーリングリストである「Apwomen2000」は、特に評価作業のためにISIS・International(アイシス・インターナショナル)が始めたもので、これにより同地域の多くの参加者が自分たちの活動について仲間の組織とコミュニケーションを交わしている。
「アジア太平洋女性監視機構(APWW)」の結成
1995年の「第4回世界女性会議」後、アジア太平洋の女性たちは、同地域における「北京行動綱領」の実施状況を監視し続けることが必要であると感じた。「アジア太平洋監視機構(APW)」は「第4回世界女性会議」の期間中も活動しており、北京で形成されたネットワークを維持する目的で1996年と97年に会議を開いている。
しかし第41回国連女性の地位委員会で、参加中のNGOは「アジア・コーカス」を結成、2000年の評価作業の準備に向けた協調体制を立案した。アイシス・インターナショナルは「アジア・コーカス」を召集し、「アジア太平洋監視機構」との連合体制を結成した。これは「アジア・パートナーズ」として知られている。翌年1998年の女性の地位委員会で「コーカス」は編制チームを創設、地域の代表とロビー活動に焦点を定めた。
「アジア・コーカス」の活動として、アイシス・インターナショナルは、[MT2]「アジア太平洋女性・法律・発展フォー ラム(APWLD)」と共に、1998年ネパールのカトマンズにてロビー活動訓練のワークショップを開催した。アジア太平洋の全域から集まった30名の女性が、国連文書を交渉する訓練を受けた。これは評価作業を理解し、また進めていく上で重要な訓練である。
「アジア・コーカス」のメンバーは、1999年第43回国連女性の地位委員会に出席した。この間、「アジア・コーカス」の協力団体が創設された。構成メンバー団体は「